眠れない。ふかふかの布団に入っても駄目だった、ホットミルクを飲んで寝ようとしても眠気はやってこない。今日もCランクの任務をこなし、疲れている筈なのに。身体はこんなにも重く、体力は限界に近いというのに。何故眠れないのだろう。
枕元の時計を見れば、すでに日付が変わっていた。ベッドにもぐりこんだのは日付が変わる前だったような気がする。あれから数時間も経っているのか。
羊の数は何匹数えたところで飽きただろうか。百を超えた辺りで本当にこれで眠れるのだろうかと疑問に思い、千に近付いても全く眠くなんかならず、頭が冴えていくのが分かって数えるのをやめた。睡眠薬を貰った覚えがあったから、机の引き出しから取り出してみたものの、貰ったときとは違う異臭を放っていたから飲まずに捨てた。やはり、薬草で作った薬は長持ちしないのだ。
それにしても、何をしてもまったく眠くならない。
随分前にシャンプーの匂いが消えてしまった髪を手櫛で梳かして、重たい身体を起こす。そうして、カーテンで閉めきってしまった窓の方へと、近付く。少し夜風に当たりたかった。
カーテンを開けて、窓を開ければ、外は当然だが真っ暗だ。近くの外灯の光は弱弱しく、一部しか照らしていない。あんなものでも、あるだけマシなのだろう。相変わらずの人気のなさ。相変わらずの静かさに、安心したような、淋しいような違和感を覚える。
「寝付けないのか」
背後から急に声がした。しかし、テマリは驚かない。その声が誰のものなのか分かっていた。振り向くことなく「ああ」と返事をした。
声の主が隣まで近づいてきた。テマリが隣を見ると、外灯なのか微かに届く月の光なのか分からないが見慣れた弟・カンクロウの横顔が照らされている。いつもと違い、その表情は弱弱しく見えた。
「なんだ、寝付けないのはお前もじゃないのか」
小馬鹿にしたようにテマリが言うと、カンクロウは珍しく否定することなく頷いた。
「そうだな。何か落ち着かなくてよ」
「仕方ないさ。だって、明日から……」
テマリが何かを言いかけてゆっくりと意志の強い瞳を閉じた。明日からテマリとカンクロウ、守鶴を宿した末の弟・我愛羅と専属の担当上忍のバキの四人で火の国にあるこの葉隠れの里へと向かう。初めて別の隠れ里へ行くというのに、胸の高鳴りなどは全く感じない。彼らは明日から三日かけて中忍試験を受けに行く。そして、中忍試験の舞台となる木の葉隠れの里で物騒な計画を企てていた――。
「私は反対なんだがな」
ようやく結びつきそうな距離まで縮まったというのに、風の国と火の国の仲をこんなにも簡単に断ち切ろうとしてしまっていいのだろうか。裏切ろうとしてしまっていいのだろうか。目先の欲にくらみ、こんなことをしてしまってもいいのだろうか。最初に作戦を聞いてから今もずっとテマリの頭の中でそんな葛藤がどうどう巡りを続けている。そして解決することなく、納得することもなく今に至る。
しかし、納得できないからと言って作戦に反することは許されない。下忍という、どんなに声を上げても意味のない立場では何をどうすることも出来ない。受け入れられない任務でもこなすことが忍として、必要なのだろう。
「オレも、……気が乗らねえじゃん」
カンクロウも瞳を閉じた。瞳の裏には良い結末に終わる未来は見えない。しかし、それでも戦わなければいけないのが忍の宿命なのだ。
「なあ。私たち、無事に帰ってこれると思うか?」
見えない未来には不安しかない。
「帰ってこれると思うしかないな」
いつになくカンクロウは弱気だ。暫くの間、二人の間に無言の時が流れた。そのまま、二人は何も発することなく、言葉にならない拒否の意思は静寂へと飲み込まれていった。
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木の葉崩し前のカンクロウとテマリ。
二人だけの時は思う存分に弱音を吐き合っていると良い。 2016/08/26