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わたしのこいは

なきたくなるくらい


 見てはいけないものを見てしまった。
 買い出しに愛用している籠を落としそうになりつつも、何とか持ちこたえた。ここでスルリと手から落としてしまうと、二人に気付かれてしまう。気付かれてしまえば、幼いころの真昼に見たようなどろどろとしたストーリーが目の前で繰り広げられていく。そんな気がした。
 しかし、実のところはそのような場面とは無関係。なんてことはない、親友のサクラと幼いころの憧れの人・サスケが人目に隠れながら、木の陰で口づけを交わしていただけだった。
 

 仮に今は好きではないとしても、乙女心とは複雑なものである。いのはため息をつきながら、忍者学校(アカデミー)時代のアルバムを捲った。
  サスケが髪が長いタイプが好きだと言っていたという噂があったものだから、あの頃から髪の毛の手入れを欠かさず行い、誰よりも長く伸ばしてきた。一度、中 忍試験の予選でサクラと当たった時に自ら自慢の髪の毛を短く切り落としたが、それ以来もずっと相も変わらずに伸ばし続けている。髪の毛がどのくらい伸びた かなんて、あまり考えなくなったが、少し前に知人から「髪の毛伸びたわね」と言われたときは既にもう、もう少しで足首まで迫るところまで伸びていた。
 どれだけ髪の毛を伸ばそうが、意味なんてなかった。結局、サスケが選んだのは中忍試験の予選でぶつかったあの日からずっと短い髪の毛を揺らし続けているサクラだった。
  もちろん、サクラが単にサスケの好みでも、気まぐれで選ばれたわけでもないことくらい、いのには分かっていた。いの達が修行に励み、任務に就いている間に もサクラは五代目火影・綱手の元で歯を食いしばりながら辛い修行に明け暮れ、医療忍術の腕をめきめきと上げていた。優秀な頭脳を持ついのでも、まず普段読 む本として手を出さないであろう難しそうな古めかしい書物片手に昼食をとっているところを何度目撃したことだろうか。その本を熱心に読み込む彼女は、いつ も決まって真剣な顔をしていた。
 サクラはこの数年間もの間、サスケの情報を追い求めていた。また、彼を支えられるようにと、いつの間にか彼女の 師匠譲りの体術も身に着けて驚くほどに強くなった。年相応に任務の終わりに甘味処に一緒に立ち寄ることや、非番の日はショッピングに出かけることも数多く あったが、それでも彼女の心の大部分はサスケが占めていたように思う。
 そんな親友が好きな人と数年越しに結ばれたのだから、盛大にお祝いするく らいの気持ちでありたかったが、実際直面してみると心の奥底はそんなに単純なものではなかったようだ。ドロドロとしたような、決して穏やかではない気持ち がこみ上げてくる。いいようのない気持ちは胸に引っかかって消えない。ディープな恋愛ドラマのあの悪役も同じような気持ちだったのだろうか。
 汚い感情ばかり湧き出してくる自分に嫌気がさす。ふう、と眉間にしわを寄せつつではあったが、冷静になれるよう呼吸を整えると、いのはある人物の元へと家を飛び出した。




「いのからご飯に誘ってくるなんて珍しいね~。どうかしたの?」

 いのの心境を知る筈もなく、「あ~ん」と声に出しながらチョウジが丁度いい焼き加減に焼けた肉を口に放り込む。

「うん、ちょっとね。……聞いてほしい話があるの」

「その話、このお肉を食べてからでもいいかな?」

「……」

  チョウジの箸の先には、先ほどと負けず劣らずの丁度いい焼き加減の肉があった。昔から変わらない彼のマイペースぶりに、やれやれという呆れた顔をしつつ も、いのはその変わらない性格にどこか安心していた。チョウジが美味しそうに肉を飲み込み終えるのを待つと、いのは口を開いて思いの丈を一通り話した ――。

「ボクはいのがそう思うのも、仕方がないと思うけどなあ」

 いのはその思いがけない言葉にハッとして、いつの間にか俯いていた顔を上げた。チョウジはにこにこと肉を頬張りながら穏やかに笑っている。

「だって、ずっと好きだったんでしょ」

「……う、うん」

「なら、仕方がないよ。そんな簡単に気持ち切り替えられるほど、いのは単純じゃないでしょ? ボクと違ってさ!」

「……!」

 コップの中の氷が溶けだすように、じわりじわりと少しずつ気持ちが軽くなっていく。すうっと心の中で引っかかっていた「何か」が小さくなっていくような気がした。
  それと同時に、ここにきてようやく美味しそうに網の上でチョウジが転がしている肉へと箸を伸ばした。今日はチョウジも独り占めをしようとせずに「美味しい よ、たくさん食べようよ」と彼らしくもなく、珍しく肉を勧めてきた。これがきっと彼なりの精いっぱいの気遣いなのだろう。それが可笑しくて、彼には申し訳 ないがいのは心の中でクスリと笑った。

「いの」

「ん?」

「きっと時間が解決してくれるよ、大丈夫」

「ありがとう、チョウジ」

 少し頼もしくなったチームメイトの言葉に安心し、いのは彼と同じように目を細めて笑い返した。

 

 




 数日後、いのはサクラに呼び出された。場所は青々とした木々を穏やかな風が揺らす公園。なぜ呼び出されたのかは聞かずとも、女のカンというものなのか何となく分かっていた。その公園の近くには先日サクラとサスケを目撃した例の木陰があった。
 指定された時間に公園へと出向くと、既にサクラは居た。

「いの、怒らないで聞いてほしいの。実は私、サスケ君と――」

 顔を合わせるなり、怖い顔をしたサクラが一方的に話し始めた。ああ、やっぱりそのことについてか。最後の言葉を躊躇しているのか、ふり絞り切れないサクラの代わりにいのが続けた。

「付き合ってるんでしょ? 知ってるわよ、この前そこの木の陰で見たわ」

「なっ……!」

 予想もしていなかったいのの言葉にサクラがバツが悪そうに顔をしかめる。眉間の皺は深く刻まれている。
 それを見て、いのは鼻を鳴らして笑った。

「別に見たくて見たわけじゃないのよー? アンタたち二人でいると思ったら、急に……ふふ」

「ちょ、ちょっと!」

 ムッとしてなのか、接吻を見られたことに対してなのか。恐らくどちらの意味も正解なのだろう。顔を赤くして、サクラがいのを睨む。

「ま、丁度いいわ。今日はアンタにピッタリのものを持ってきたの。はい、これ」

 どうぞ、と慌てるサクラを気にする様子もなく、ぶっきらぼう装っていのがサクラに紙袋を差し出す。サクラは頭にクエスチョンマークを浮かべながら、怪訝そうな顔をして手渡された紙袋を覗く。刹那、中の贈り物を見たサクラの顔は笑顔へと変わっていく。

「デンファレって言うの。綺麗でしょ?」

 手渡された鮮やかな堂々としたピンク色の花束といのを交互に見つめながら、サクラが目を見開く。贈り物の花束として人気が高いその花の名前をサクラも知っていた。頭の片隅に花言葉を思い出す。確か、花言葉は――。

「まさかアンタにこの花を贈るときが来るとは思わなかったわ。花言葉はやっぱりちょっと悔しいから教えないけど、そういうことよデコリン」

 いのが満足そうにしながら、わざとらしく肩を竦める。「悔しいから」と言いつつも、その顔は晴れ晴れしく、すっかりといつものいのらしい顔をしていた。

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いのちゃん×お花シリーズ第一弾

デンファレの花言葉:お似合いのふたり

結婚する人に渡す花束として人気が高い「らしい」です。

タイトルはモニカ様よりお借りしました。
 

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