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​センパイコウハイ

※狩屋独白 


 

センパイは俺がセンパイのことを好きだってことをきっと知らない。知られたところで今よりもずっと距離ができてしまうのは嫌だから、それでいい。そう思ってはいるけど毎日顔を合わせて、たわいもない話をして、別々に帰って。何も進展しない。後退もしない。そんな毎日ばかりで満足しているといえば満足しているが、このまま一定の距離感を保ったまんまセンパイが卒業して離れ離れになってしまうのは嫌だと思ってしまう自分もいる。

 「休みの日何してました?」とか、「昨日あの番組見ましたか?」なんて聞けば、センパイはきちんと「夕方までゲームやってた」とか「昨日の心霊番組なら見たぞ」とか答えてくれるけど、いい加減そんな会話ばかりじゃ物足りなく感じてきた。

センパイのプライベートは俺が聞くまで何も教えてくれないし、話してくれない。世間話を始めるのはいつも俺から。そして、センパイは気が付くと神童先輩の隣に立っているから会話ができる時間も一日五分、二人きりで話せたらまだいい方だ。だからセンパイと部活で会える日は多くても、話せる時間は少ない。センパイと話せる時間が少ないからと言って、帰宅後にこの前手に入れたばかりのセンパイのメールアドレス宛にメールを送る勇気もない。送ったところで会話が続くとも思えないし、メールの返信を待つ時間が好きじゃない。返信がしばらく来ないと、そういえば今日は神童先輩の家に寄って帰ろうなんて話をしていたっけ。なんて着替え途中に盗み聞いた話を思い出して憂鬱になる。神童先輩に勝てそうな自信がないからこそ、余計に。だって、センパイが俺と話すときの顔と神童先輩と話すときの顔、全然違うし。幼馴染だからか親友だからかだとかそんなことは知らないけど、あそこまで表情が違うと誰だって自信をなくしてしまうと思う。後輩の俺相手にだからか、いつも凛々しく先輩風吹かせてるセンパイは、神童先輩と話しているときは楽しそうに笑ったり、嬉しそうに微笑んでいる。俺にはそんな顔してくれないのに。そんな二人を遠くから眺めながら悪態をつくことにも慣れた。

センパイと俺の間には年の差がある。センパイが上で、俺が下。どう頑張っても対等な立場には、なれない。くそ真面目なセンパイは上下関係をはっきりとさせたがる律義な性格だから、きっと俺をセンパイと同等には見てくれない。いつまで経っても「後輩」というポジションから。変わりたくても変われない。変えさせてくれない。

「俺はセンパイの   になれますか……?」

 湯船の中でした問いかけは、ぶくぶくと湯に飲み込まれて消えた。センパイがこの質問を聞くことはない。聞かれる前に全部、湯の中へと飲み込まれてしまった。それでいい。

湯船に沈めていた顔を上げる。目の辺りにも水気を感じる。これは涙なんかじゃない、風呂の湯に顔を沈めていたせいだ。舐めてみると若干塩っぽいような、そんな気がしたけどこれはきっと気のせいだ。今日も授業が終わって、暗くなるまで練習をしていたから疲れているせいだ。きっとそうだ。頭がぼうっとしてしまうのも、きっと疲れているせいだ。

 



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2018/01/08


 

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